四月、真新しいかばんを背負って新入生が校門に入っていきます。この季節、初々しい期待に満ちた一年生を見る
と、こちらまでなんだか嬉しくなってきますね。 ところで、学校には法律で学校図書館というものが設けられていることをご存知でしょうか。
これは言うまでもなかったでしょうか、それどころか、木曽に住む皆さんにとっては図書館といえば学校図書館がイメ
ージされるのかもしれません。 しかし、残念ながら、その多くは「暗い・汚い・恐い」といった悪いイメージなのではないでしょうか。
なぜ学校図書館のイメージは「暗い・汚い・恐い」なのでしょうか。
それは、そこに人がいなかったからです。
公共図書館では司書という図書館運営、情報提供のプロがいて、生き生きとした図書館活動をしています。ところが
学校図書館の多くは無人の書庫になってしまっています。 もうひとつは学校図書館が学校の中にあるということから「教育」という言葉の呪縛から逃れられず、生徒善導的な意
識に囚われ、資料提供という本来の使命を見失ってしまっているからでしょう。 したがって「学校図書館が好きだった」というのはごく一部の読書好きの生徒に限られていました。
しかし、そうした学校図書館も少しずつ変化してきています。自治体や保護者の方々の努力によってさまざまな形で
学校図書館にも人が入るようになってきました。身分も職名もさまざまですが、一般には学校司書と呼ばれています。 その多くが不安定な雇用条件であるにもかかわらず、本と子どもを出会わせてあげたいという熱意からさまざまな活
動を行い、明るい・きれいな・楽しい図書館を作り上げてきているのです。 木曽郡では一九九八年度、専任・正規で学校図書館に人がいる学校は木曽福島町に二校あるだけでした。その他
には、大桑村で兼務の学校司書が二人、山口村に一人と、学校司書の配置率でも長野県内最下位でした。 いま、学校教育は大きく変わろうとしています。知識を詰め込むのではなく、自ら課題を見つけ、自ら解決していく力
が求められています。 学校図書館はそうした活動を支えるもっとも重要な機関になります。そして情報提供のプロとしての学校司書は今後
ますます重要なものになっていくでしょう。 一人の有能な学校司書は四十台のパソコンよりも子どもたちの力を伸ばしてくれるでしょう。
未来を担う木曽郡の子どもたちのために、一人でも多くの学校司書の配置を望んでやみません。
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