時々、職場に電話がかかってきます。
「N図書館ですが、予約されていた本が届きましたので、今度こられたときにお借りください。」こういう電話が来るとうれ
しいものである。僕が図書館から離れたところに住んでいることを知っているので、「今度こられたときに」と言ってくれ るのがまたうれしい。「それから…。」 「はい?」
「○○という本ですが、そちらにありますでしょうか。」
「はい、持っています。」「誠に恐れ入りますが、返却期限が過ぎておりますので、そちらもご都合の良いときにお持ちく
ださい。」 地理的な関係から延滞の多い私としてはまことに汗顔の至りなのですが、この電話にはいつも救われた思いをしてい
ます。いつも優しく、責めるような語感はどこにもないのです。 電話と言うと相手が見えないだけに、木で鼻をくくったような応対が多いのですが、こういう言葉づかいをしてもらえる
とかえってこちらが恐縮してしまいます。 実は私がN図書館をよく利用するのは、この司書さんがいるからなのです。(妻よ他意はないぞ)
いつでかけていっても、カウンターから笑顔で迎えてくれますし、私たち他地域の利用者に対してもとても親切で優しく
対応してくれます。 他の職員の方には申し訳ないのですが、この司書さんがいないときか、カウンターに出てくるまで本を借りるのを待っ
ているくらいです。 それはただ対応が優しいからというだけではなく、レファレンスへの回答も確実だからです。また、リクエストした本へ
の「この本は○○で紹介されてから人気があるんですよね」といった、ちょっとしたコメントも楽しみです ただ単ににこにこしているだけではなく、司書としての専門性においてもただ者ではないと見ているのです。
以前、あるテレビ番組で非言語表現の優位ということを言っていました。目は口ほどにものを言うとでも言うのでしょう
か。ちょっとしたしぐさや表情が好悪の感情を決めてしまうと言うのです。 いくらレファレンスにたけた司書でも利用者から声をかけてもらえなければ意味がありません。ぶすっとして近寄りが
たいのでは、司書としては失格ということでしょうか。 もっともこれは司書に限らず、公務員一般にいえることでしょうが。
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