990711
やっぱり図書館はあるのが当たり前



 先月1ヶ月間、いきつけのN図書館がコンピューター管理移行準備のため、休館となっていました。今まで何の気無し
 に使っていた図書館でしたが、休館になってそのありがたみが良く分かりました。

 とにかく不便なのです。子どもに絵本でも読んでやろうと思っても絵本がない。仕事の関係で調べ物をしようにも参考
 資料は図書館の中にあるため使えない。読みたい本もリクエストしたい本も、1ヶ月の間は我慢するしかありませんでし
 た。

 そのせいか、いつもの月ならほとんど毎週行っていたN市にも、6月中はほとんど行くことがありませんでした。

 遠く離れた私たちでさえ不便を感じたのですから、N市に住む人の不便さはそれ以上だったでしょう。もっとも、本館
 は休館だったもののブックモービルは動いていたということですから、私たちほどではなかったかもしれませんが。

 こういうと「なにを高尚ぶって」と言われるかもしれませんが、図書館なんてそんなに高尚なものではありません。図書
 館は情報提供機関であり、レクリェーション機関でもありますから、テレビと似ています。また、図書館の「国民が文化
 的な生活を営む権利」を保障するという機能は、病院などが「国民の健康な生活を営む権利」を保障する機能と似てい
 ます。

 家にテレビもなく、近くにお医者さんも病院もない生活というのを考えてください。なんとも寂しくて不安なものではあり
 ませんか。(と、ここまで書いて、案外それもいいかな、などとも思ってしまいましたが…。)

 さて、先日、他郡から転勤してみえた方とお話をしていたおり、その方が「今度、私が住むことになった村は図書館が
 ないんですよ。」と驚いたように言っていました。私が「あなたの村だけではなくて、木曽郡ではほとんどの町村に図書館
 がないんですよ。」と言ったところ、「うそでしょう!!」と驚いていました。

 「図書館はあるのがあたりまえ」というのが世間の常識なのです。 木曽郡の多くの町村は過疎化に悩まされていま
 す。右の他郡からみえた方の言葉にもあるように、若者の多くが求めているものは新鮮な情報です。幸いなことに「情
 報」は広い道路などは必要としません。今の木曽にとって一番大切であり、また効果的なことは情報インフラを整備し、
 充実させることではないでしょうか。

 確かに、世の中は「情報化」という掛け声があふれています。コンピューターだ、インターネットだ、光ファイバーだとう
 かれているような感じです。自治体でも学校でも「情報化」という言葉がつけば予算はふんだんにつきます。

 しかし、「知りたい情報がいつでも、どこでも、だれにでも提供される」という情報化の基本はまず図書館の設置とその
 機能の充実によってもたらされるのです。

 木曽でも「図書館はあるのがあたりまえ」というのが世間になってほしいものです。




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